長編SS 26
「自惚れないことね」
ミゼット・クローベル本局統幕議長のあまりにといえばあまりにもな言葉に、
クロノは思わず何も言えず立ちすくんでしまっていた。
○ ○
あの後、クロノとリンディは素早く計画を組み、行動を始めた。
恐らく、いやほぼ確実にこちらの動きは管理局側に知られているだろう。
一応探索にいったユーノとヴォルケンリッターの面々は、所定の手続きを出し休暇を取り付けた。
プライベートならば『何』をしていようと『誰』と一緒に居ようと個人責任である。
それにユーノが「スクライア一族」として普段から遺跡探索に個人の費用で出かけているのは、管理局も承知している。
スクライア一族は遺跡発掘のスペシャリストでもあり、その功績の数々は管理局にも届いている。
故にスクライアの名を持つものは遺跡発掘などにおいて、独立した権限を持っている。
そしてユーノはそのスクライアの中でも「若き天才」と呼ばれるほどの人材である。
管理局無限書庫司書長という肩書きと併せれば、ほぼ全ての遺跡に独自に探索できる権限を持つ。
ユーノは普段そんな肩書きや権限を振りかざすような真似は絶対にしない。
けれど今回は躊躇い無く利用し、ユーノとヴォルケンリッターのみで探索に出発した。
今の状況ならば管理局もこの面々がなのはを救う為に動いているのは十分に判っている。
だがそれが管理局の決定に逆らう事であっても、今はまだ全てを止めさせようとはしないはずである。
管理局にとっても、なのはは大切な人員、エースである。
クロノ達がなのはの救出を成功させれるならば良し。
もし無理だったとしても、
「管理局屈指の精鋭たちですら救出できなかった。だから止む無し」
そう言って世間を納得させる事が出来る。
いずれにせよ管理局に実害がでないならば。
そういった見解のようだ。、
無論管理局としては既に決定したコアイーターの処分を取り消しはしない。
けれど期限までに各個人がなのはを助ける為に動く事は黙認しているらしい。
事務的な対応ではあるが、それが組織なのだとクロノ達も理解はしている。
大勢を救う為に一人が犠牲になる。
それはクロノの父、クライドがかって選んだ道なのだから。
クロノも子を、家族を持つ身になって判った。
たまにしか帰れなくとも、帰宅すれば笑顔で迎えてくれる妻と子。
笑顔で色々な事を話してくれる子供たち。
買い物の帰りに繋いだ手の小ささと暖かさ。
穏やかに眠る子供たちの表情
自分と引き換えになったとしても、それが守れるなら何でもする。
あの笑顔をみれば誰もそう思えるだろう。
けれど。
そう。
けれどその後、残された家族がどんな思いをするかもクロノは知っている。
母に心配をかけまいとして必死で耐えた自分。
そんな幼かった自分を抱きしめ、「泣いていいのよ」そう言って笑顔を浮かべたリンディ。
今思えば、あの時クロノが子供らしく泣いていれば
母も泣けたのではないかと思う。
執務官になってやっとその事を理解し、
その日自ら自分を殴り倒した。
今でも父クライドは尊敬している。
だからこそ父がその死で教えてくれた哀しさを、辛さは断ち切らなければ成らない。
あの時幼すぎた自分の性で苦しめてしまった母に同じ思いをさせない為に。
苦難の生の中、やっと家族を得た義妹フェイトとヴィヴィオ。そしてなのはの為にも。
もうあの哀しみはつくらせない。
それがクロノが執務官になった日に誓った事。
○ ○
クロノとリンディはまず自分たちが自由に動けるよう許可を貰いに行く事から始めた。
J・S事件での上層部の崩壊以降、管理体制が不確定な事もある。
その為二人は現在実質的に管理局を統括している一人である、ミゼット・クローベル本局統幕議長に面会を求めた。
クロノはミゼットにコアイーターとなのはへの『処理』の撤回を行動許可をもとめたのだが、
それはその場で却下された。
曰く、
「この件に関しては既に決定済で撤回は無い。それにもうリンディ、クロノ両士官の干渉は認めない。これ以上管理局の執務に影響を出す訳には行かないから」
それが答えだった。
確かになのはの事以降、フェイトは倒れ、クロノは謹慎。
はやてやユーノ、ヴォルケンリッターの面々が執務を代行したとはいえ
ただでさえ人員不足の管理局業務に遅れが出始めていた。
管理局は多次元における治安維持、つまり警察機構である。
身内の事に手間を掛け、犯罪が増加した。など許されるはずも無い。
クロノとて判ってはいたが、余りに事務的な物言いに、
つい
「ならば自分たちが退職すればよいのですか?けれどそれは余計人員不足になるのでは?」
と脅迫じみた言葉まで放ってしまった。
だがそれに対してミゼット本局統幕議長が返した言葉は
「自惚れるな」だった。
○ ○
「確かに貴女たちはこの管理局においても屈指の魔導師。
その魔力、戦歴、経歴・・全てにおいて文句が無いわ」
ミゼットは未だ睨みつけるようなクロノを一瞥し、その後ろで静かに立っているリンディに視線をあわせながら口をひらいた。
「でもね。何処まで凄かろうと、それはただの個人。
管理局全体から見たら只の歯車、個でしかないのよ。
管理局は巨大な組織よ。数個の『個』が抜けた程度ではビクともしないわ」
ミゼットの言葉に拳を握るしかできないクロノ。
確かに判っては居る。
「身の程をわきまえたかしら?
ならば早く行きなさい。時間は何より貴重よ。自分に与えられた事はきちんとこなしなさい。
まぁ、この送別会の許可は受けましょう。ただ、時間は定時終了後からとしますが」
それだけ言うとミゼッタは手もとのモニターへと眼を落とす
それはもうこの話はお終いだ。ということ。
「・・・・」
立ち尽くすクロノ
「判りました。では失礼致します」
「かあさ・・!」
「行くわよクロノ」
食い下がろうとしていた矢先、リンディに退室する旨を言われ
腕を捕まれ声を上げるクロノ
だがリンディは構わずクロノの腕を引張り、部屋を出てしまった。
○ ○
「クロノ、大人になったと思ったけれど、まだ子供ね」
ドアが閉まるとリンディは仏頂面のままのクロノを見て苦笑を浮かべた。
「・・・どういう意味です?」
リンディのあきれたような視線に、クロノはつい不機嫌な声をだしてしまった。
もう二十歳も過ぎ、二人の子供すらもいる。
それなのに今更、子ども扱いされるとは思わなかった。
まぁリンディとは親子なのだから、立場としては何時までも子ではあるのだが
中身が子供といわれればムッとしてしまう。
そんなクロノの様子をリンディは少し微笑みながら見ていたが、
すぐに表情を引き締めると自分の執務室へと歩き出した。
「さ、直ぐに次の事を進めるわよ」
「・・・ええ」
納得いかないがクロノも表情を戻すとすぐに歩き始める。
なのはやフェイト達に理解のあるミゼッタ統幕議長に協力を得られなかったのは残念だが
普通に考えればクロノ達の方が無茶をして、無理を通そうとしているのだ。
そう考えればこれは当然の結果である。
ただ、あまりにもな言い方に、つい口調が荒れてしまったが。
クロノ自身の謹慎やコアイーターの処理の延期は受け入れられなかったが、
「アースラ送別会」の許可だけは取り付けた。
これで『場』の確保はできた。
後は自分は管理局からマークされているから
大きな動きは出来ないが、他の仲間は十分に信頼できる。
クロノはそう考えリンディとともに執務室へと向かうのだった。
○ ○
「ふぅ・・・」
二人が去った執務室でミゼットは
窓際に立ち外を眺めながら昔を思い出していた。
クロノのあの姿はまるで自分達の若い頃そっくりだ。
三提督などと褒め称えられ、今では管理局の長官になっているが
若い頃は何にでも首を突っ込み、「トラブルメーカー」と言われていた。
それでも自分には譲れない信念があった。
だからこそ。
ミゼットは少しの間目を閉じ物思いにふけった後・・・
席に戻り通信回線を繋いだ。
「お久しぶりね。元気かしら?」
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